ごあいさつ

石神組御用留研究会代表・茨城大学准教授 磯田 道史

「石神組御用留の世界」を展示するにあたり、ごあいさつ申し上げます。「石神組御用留」は、水戸藩の郡奉行所におかれていた公用記録です。郡奉行所の日々の記録が残されている例は珍しく、茨城大学図書館が誇る収蔵資料のひとつです。文化6(1809)年の1年分の郡奉行所の日誌が奇跡的に伝えられています。よほど数奇な運命を経てきたようで、茨城大学図書館のなかで「発見」されたときには、水に浸けられたことがあったのか、頁と頁が圧着し、一つの岩塊のようでした。それを補修の専門家の技術で一枚一枚はがし、解読可能な状態にしたところ、極めて貴重な水戸藩の郡奉行所の記録であることがわかってきました。今回、茨城大学地域連携事業会および東海村教育委員会の支援をうけ、東海村の古文書を読む会の皆様と連携して、この記録の全文が解読され、出版されました。「文化六年 石神組御用留」は書かれてから、ちょうど200年目に公刊されることになったのです。それを記念して、「石神組御用留」の原本を、ここに展示するものであります。

この記録が書かれたころ、水戸藩は、人口が最盛期の30万人から22万人にまで減少し、危機的状況にありました。そこで、領内9ヶ所に「陣屋」を建て、郡奉行を農村部に送り込んで、農村の立て直しをはかりました。いまの東海村石神外宿(いしがみ・とじゅく)にも、石神陣屋が建設され、郡奉行が駐在しました。

「文化六年 石神組御用留」は、郡奉行・加藤孫三郎とその手代たちが、石神陣屋のなかで記録したものです。この記録を読むと、領民人口の急減のなかで、郡方の村役人、村々の庄屋が農政に苦闘する様子がわかります。たとえば、少子化対策や生活保護を、どうするか、医者の確保など、わたしたちが抱えているのと、まったく同じ問題にも直面しています。展示から、200年前の祖先が生きた世界を、感じとっていただければ、幸いです。

次のページ