藤 田 東 湖(1806-1855)

藤田東湖

 水戸藩士。水戸学者。名は彪(たけき)、字は斌卿(ひんけい)、通称は虎之介、のち誠之進。東湖は号。

 

 幼児から父藤田幽谷の教えを受け、『大日本史』の編集局である彰考館の編修。文政12年(1829)彰考館総裁代理。9代藩主徳川斉昭の側近として、藩政の中枢に参画し、天保改革を推進。 しかし、その過程で、門閥派との確執が深まり、弘化元年(1844)、斉昭が処罰されると東湖も蟄居。嘉永2年(1849)、斉昭の謹慎解除にともなってかえり咲き、江戸詰となって活動する一方、全国の有志と交わって志士たちの間で信望を集めた。安政大地震で江戸小石川藩邸官舎で圧死。50歳。 著書に『弘道館記述義』『回天詩史』『常陸帯』「正気歌」などがある。



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