『とりかへばや物語』解説
田口 守
茶表紙、タテ29.5×ヨコ18.7、袋綴、四冊九行本。表題は第一、第二冊では左肩に「登理加幣波耶物語一」、同二 と直接墨書。第三、第四冊は
「登梨加幣はや物語三」、同四の題簽を付している。しかし表紙に直接墨書した「三」「四」の文字が題簽下に見える。内題は各冊本文初めに「と
りかへはや一」(二、三、四)とあり、また各冊末尾には「静屋蔵書」の朱印を有する。これは国立国会図書館分館静嘉堂文庫の同書四冊九行本の
蔵書印に酷似する。
本書の特色・価値はその序文にあると言ってよい。下に全文を掲げる(読みやすくするため句読点を加え、またあとの浚明序との比較のため傍線
を加えた)。
ものかたりふみといふもの、しくれ降(り)おけるならのはの、ふるき御時よりかみつかたには、さることありともきかす。たひらのみやこ
しめたまへしのちつかたより、さるものはいてきにけらし。たかとり、うつほの物語をはヽとして、それかこ、うまこといふくさはへなるもの、さ
はにいてきにたるか、いまのよには、またみなかくれはてヽ、のこれるものおほしともきかす。それかなかに、とりかへはやというふみあり。これ
をものにかうかへるに、ふたくさなむある。はやくありしものは、いつのほとにかほろひにたり。つきていてきたるは、このふみになむある。
すへておかしく、あはれなるものなれは、このたひ、賀茂季鷹朝臣をそヽのかして、ともともに、あやまれるをなほし、かなのたかへるをもしるし
つけて、あつさにちりはめ、あまねくよにおこなはむこヽろさしになむ。
文政五年二月 城戸千楯
いまこれを広く用いられている浚明本序と比較すると、八割以上が浚明序に拠っていることを知る。異文と呼べるものは上の傍線部に相当する箇
所で、いま浚明本序を内閣文庫蔵東山人芳麿筆本で示すと、下のようになる。
(浚明序)すべてをかしくあはれなるものなれは、よむかまにまにあやまれるをなほし、かなのたかへるをもまたかたはらかうかへたること
をもしるしつけて、見るにたよりあらんことをとてなむ。
やよひのつこもりのよ 、しるしぬ 宿禰浚明
本書、城戸千楯編『とりかへばや物語』序の最大の特色は、「あつさにちりはめ、あまねくよにおこなはむこヽろさしになむ」と出版を予定して
いる文面になっている点にある。「とりかへはや」は江戸時代までに出版された形跡がない。本書も結局板木に彫られることなく終わったのであろ
うか。出版一歩手前まで行ったことを本書序は伝えている。
出版を計画した城戸千楯は『国学者伝記集成』によると、安永七年生れ、弘化二年没。京都の人、「通称、万次郎、範次、蛭子屋市衛門(書林を
業とす)」、とある。著書には『雅言通載抄』『和歌ふるの山ぶみ』がある。「とりかへばや」の出版の計画は、「書林を業とす」と関係するか。
本書は賀茂季鷹の協力で作成されたものと序文は述べているが、賀茂季鷹の奥書・識語を持つ「とりかへはや物語」の伝本が数本存在する。その
一つ、静嘉堂文庫四冊九行本(浚明本)の序文を引用しておこう。
此とりかへはや物語は、江戸にはへりしをり、山岡明阿(浚明)の本をかりて人してうつさせしなり。ふるきはうせて、是は今とりかへはや
なりといふ説あり。いとまなきに句読をたにきらす、たヽ一わたりみしのみ、いとま見(出)してこそ。
賀茂季鷹判
本書の本文については詳しく述べないが、非浚明本系を柱とした数本の混成本である可能性が強い。
参考文献、(1978年)田口守「茨城大学附属図書館蔵『とりかへばや物語』の研究」『茨城大学教育学部紀要』27号
(常磐大学教授・元本学教育学部教授)
Last updated: 2003/ 3/ 4