エ−リッヒ・ケストナ− 著(小松太郎 訳)
『ファ−ビアン あるモラリストの物語』(筑摩書房)☆

 『エミ−ルと探偵たち』、『飛ぶ教室』の作者といえば、ご存知の向きも多か
ろう。が、単なる児童文学の書き手ではないぞ。れっきとした詩人にして小説家
なのだ。なかでも代表作と見なされているのがこの長篇。軽妙な文体だから読み
やすいし、おまけに栄養がある。刊行は1931年。当時、ドイツ国内では言論の自
由が踏みにじられ、世の中はファシズムへ向かって突き進んでいた。人びとはゆ
がんでゆく社会のなかで、腐敗と汚辱にまみれていた。にもかかわらず、青年フ
ァ−ビアンは誠実な生きかたを貫こうとする。きみだったら、どうする?会社を
クビになっても、親友が自殺しても、恋人が裏切っても、人類が理性をもつ日を
待ちつづけ、時代に流されまいと力尽きるまで頑張れるか? なお、1933年にナ
チス政権が成立すると、ケストナ−の作品は次々と発禁になった。そして、ファ
−ビアンが予言したように、「無知」の時代がやってきて、「途方もない大きな
戦争」が始まった。

小 泉 淳 二(人文学部・人文学科)