芭蕉(1644-1694) が東北・北陸地方をめぐる、距離にして2,400Km 、約 150日 に及ぶ長途の旅に出たのは、元禄二年(1689)のことである。そして、その旅の模 様を途中で読んだ俳諧を織り込んで、俳文『奥の細道』を完成させたのは元禄七 年(1694)であった。ここには、「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」とか「荒海や佐 渡に横たふ天の川」「あかあかと日はつれなくも秋の風」といった芭蕉の代表的 な名句が多数収められている。しかし、芭蕉の自筆本は杳(よう)として行方が しれなかったのが、昨年になって発見され、早速写真版にして複製したのが、こ の本である。 これまで芭蕉の原稿に最も近いものとして、能書家素龍が清書した本が利用さ れていたが、この自筆本によると、素龍本の「あらたうと青葉若葉の日の光」の 「あらたうと」は、「あらたふと」となっているという具合に、比較研究の資料 としても貴重なものである。