中 村 雄二郎 著
『哲学の現在』(岩波書店)☆

 マラソンの選手や相撲の力士がインタビュ−を受けると、よく“自分の走りを
するだけ”とか“自分の相撲を取るだけ”と言っていることが多い。もう少し別
の言い方がないものかとも思うが、彼等にしてみればそうとしか言えないのだろ
う。このときの“自分の・・・・”という言葉は、その生まれつきの能力、重ね
てきた練習経験、それらの他人との比較の 3つの自分を自覚して選びとった結果
だ、と言いたいのだろう。                        
 私たちの人生を<よく生きる>(充実して生きる)とは<よく考えること>で
ある、と本書は初めに言う。そして私たちの人生は、現実の家族関係や社会関係
の中ですっかり決められていて、自分の思うとおりに生きるなどとうてい無理、
という感じに捉われがちである。しかしそれは逆に見ると、他の人で置きかえら
れぬ<自分の人生>があることになる。選択の幅は狭くても必ずそこに<固有の
選択の余地>がある。その選択の方法が哲学的なのだ、と著者は言う。同じ著者、
出版社による『臨床の知とは何か』、『問題群』は本書の後篇として、前者は人
文科学系のひとにおすすめしたい。ともに21世紀の知のあり方を示そうとしてい
る。

大久保 忠 旦(理学部・地球生命環境科学科)

ラベルの記号 104:Tet