電気釜・ガス湯沸し器・水洗トイレで育った諸君には、薪炭を燃料とし、井戸 水を使い、汲み取り式の便所という生活は、もはや歴史上の風景であろう。日本 人の生活は、過去50年足らずの間に急激に変化した。大正生まれの著者は、自 らの体験に基づき、往時の生家のようす、戦後の東京の自宅、経済史・農業史の 研究者として調査した農山村の事例などを示しながら、台所を中心とする日本人 の生活の文化を詳細に考察している。 台所の道具類は、その地でふつうに利用しうる光源・水源・熱源の性質と各種 用具の生産供給の条件とによって大枠がきまってくるという基本的視点から、 「明治7年府県物産表」などの統計を使い、それぞれの時代の工業生産力水準な ど社会経済的状況と台所用具や光熱水の供給方法を対応させて考察する方法は、 民具の研究や生活誌の研究に新しい方向を示すものといえる。文系・理系を問わ ず一読を奨めたい本である。